染色体転座のメカニズム

 染色体転座、逆位、欠失など染色体異常はがん、先天異常症、精神疾患の原因として認知されているが、そのメカニズムには不明な点が多く残されている。なぜ特定の転座が起こりやすいのか、なぜある種の疾患には特徴的な染色体異常が認められるのか。細胞核内における染色体の空間的配置と染色体間相互作用が染色体異常の背景にあると推測されている。我々はこの観点から染色体異常の発生メカニズムに迫ろうと思う。

 異なる染色体の相互作用により遺伝子発現が制御されていることはかなり普遍的な現象である可能性がある。ショウジョウバエにおいてはエンハンサーが別の染色体のプロモーターにトランスに作用するトランスベクションという現象が古くからしられていたが(文献1)、哺乳類細胞においては近年までその存在は明らかではなかった。2005年にT細胞の分化制御に関与するサイトカイン遺伝子群(文献2)、2006年にはゲノムインプリンティング領域遺伝子群(文献3)や嗅覚受容体遺伝子群(文献4)における染色体間相互作用が相次いで報告された。X染色体の不活化に先立って2本のX染色体が接近する現象も報告された(文献5)。これらのことから染色体異常の生成機構を理解するには、正常細胞における遺伝子座の3次元的位置情報の把握が重要であると考えられる。

 染色体が間期核内の特定の領域を占めることは FISH (fluorescent in-situ hybridization) 法により染め分けられる染色体テリトリーとして知られており、この FISH 法を用いても遺伝子座間の距離を測定することはできる。遺伝子座間の距離を測定する他の方法として 3C (chromosome conformation capture) 法もある(文献6)。これらの方法は細胞固定を前提としているため、生細胞における動的な観察には適さない。

 Cre組換え酵素による部位特異的組換えにより染色体レベルでの組換えを誘発できる事が知られている。Bradley らにより開発された方法では組換え後に薬剤耐性を獲得する仕組みが導入されており、薬剤耐性コロニーの出現頻度から組換えの頻度が類推できた。また、同一染色体における2点間の組換えが起こる頻度はその距離に指数関数的に反比例することが示された(文献7)。このことは Cre による組換え頻度が同一染色体上の1次元的距離を反映することを示している。同時に、Creを用いて染色体構造を操作できることを示している。

具体的目標-染色体外科手術法の確立と3次元的遺伝子座間組換え距離の測定

 Cre組換え酵素による染色体間組換えを誘導する実験系を開発し、これを用いて、迅速に遺伝子座間の3次元的距離を測定できる技術を確立する。具体的には2種類のマーカー遺伝子を作製し、この間で相互に組換えがおこると、その両方から緑あるいは赤の蛍光タンパク質が発現するように設計する(下図参照)。

 組換えを起こした細胞は蛍光を指標に同定単離が可能で、その頻度はフローサイトメトリーにより定量できる。マーカー遺伝子を同一染色体内あるいは異なる染色体に相同組換え(遺伝子ターゲティング)を用いて導入し、染色体内および染色体間組換え頻度を計測し、がんなどの疾患に関わる染色体異常の責任部位が空間的に接近しているのかどうか、DNAが核内で流動する生きている細胞において検討する。

 また興味深いのは染色体の構成を変化させる事で、遺伝子発現がどのように変化するのかということである。手始めに遺伝子ターゲティングが容易な Nalm-6細胞(文献8)をもちいて、システムの構築を試みる。しかし、将来的にはマウスES細胞を用いて、染色体レベルの組換えが個体発生や生殖能力にどう影響するのか調べていく予定である。

 

文献
1. Lewis, E. B.: "The theory and application of a new method of detecting chromosomal rearrangements in Drosophila melanogaster." Am Nat 88: 225-239, 1954.; Geyer, P. K., Green, M. M., and Corces, V. G.: "Tissue-specific transcriptional enhancers may act in trans on the gene located in the homologous chromosome: the molecular basis of transvection in Drosophila" Embo J 9: 2247-56, 1990.

2. Spilianakis, C. G., Lalioti, M. D., Town, T., Lee, G. R., and Flavell, R. A.: "Interchromosomal associations between alternatively expressed loci" Nature 435: 637-45, 2005.

3. Ling, J. Q., Li, T., Hu, J. F., Vu, T. H., Chen, H. L., Qiu, X. W., Cherry, A. M., and Hoffman, A. R.: "CTCF mediates interchromosomal colocalization between Igf2/H19 and Wsb1/Nf1" Science 312: 269-72, 2006.

4. Lomvardas, S., Barnea, G., Pisapia, D. J., Mendelsohn, M., Kirkland, J., and Axel, R.: "Interchromosomal interactions and olfactory receptor choice" Cell 126: 403-13, 2006.

5. Xu, N., Tsai, C. L., and Lee, J. T.: "Transient homologous chromosome pairing marks the onset of X inactivation" Science 311: 1149-52, 2006.; Bacher, C. P., Guggiari, M., Brors, B., Augui, S., Clerc, P., Avner, P., Eils, R., and Heard, E.: "Transient colocalization of X-inactivation centres accompanies the initiation of X inactivation" Nat Cell Biol 8: 293-9, 2006.

6. Dekker, J., Rippe, K., Dekker, M., and Kleckner, N.: "Capturing chromosome conformation" Science 295: 1306-11, 2002.

7. Zheng, B., Mills, A. A., and Bradley, A.: "Introducing defined chromosomal rearrangements into the mouse genome" Methods 24: 81-94, 2001.

8. Adachi, N., So, S., Iiizumi, S., Nomura, Y., Murai, K., Yamakawa, C., Miyagawa, K., and Koyama, H.: "The human pre-B cell line Nalm-6 is highly proficient in gene targeting by homologous recombination" DNA Cell Biol 25: 19-24, 2006.